2007年06月29日

India Song

大好きな曲があって、それはキップ・ハンラハンのアルバム「COUP DE TETE」に入っているピアノの曲なのだけど、そのアルバムは2年ほど前に車上荒らしにあって盗まれてしまった。以来、ふとしたときに頭にその曲が流れながらも聞けずにいたのだけど、今日知人が流す音楽の中にそれを見つけた。

キップ・ハンラハンの曲だと思っていたその音楽は、実はマルグリット・デュラスの映画「India Song」の音楽だった。シンプルな旋律の繰り返しの、哀愁漂うピアノ曲。長い間手入れされることない調子の狂ったピアノで弾くとちょうどなような。デュラスの映画だったのか。
姉に話すと、姉の好きな映画らしく、DVDを引っぱり出して来た。傍らで別のことをしながら、観るでもなく流していた。「India Song」とタンゴ調の曲で敷き詰められたその映画は、音楽と言葉の作り出す空気の密度ゆえかどこかピナ・バウシュを彷彿とさせる。



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2007年06月27日

おいしい時間

酔っぱらった耳で聞く無伴奏チェロ組曲は
それがアマチュアの楽しみであっても
心を奪うに足りる何かがある。
たとえ、チェロを弾くおじさんが
間違えるたびに「クソッ」とか吐いていても。
バッハは偉大だ。


もうすぐ日本に帰るので、
その前にと姉とその彼に誘われ、彼らおススメのレストランに行く。
おうちの近くのレストラン。
行くと、入口には柵がしてある。
外からは中が見えないので、一見レストランとはわからない。
ベルを鳴らすとおじさんが出てきて中に招きいれる。
予約なしでは入れないところらしい。

高級なところかというと、そうではない。
むしろ地元民しか来ない居酒屋のような風体。
一階だけど、地下室のような雰囲気を持つその空間は
なんだか迷路に迷い込んだようなワクワクを誘う。
入ってすぐの空間にはバーカウンターがあるけれど
そこは来客用のスペースではない様子。
そこを通り過ぎて、奥の方に入っていくと、
すでに食事を楽しむ人たちの空間があった。

メニューも一般的に見るものとは違っていて
前菜、メインとかいうカテゴリーがない。
日替わりの温かい料理が一品(店の主人が教えてくれる)、
ほかはサラダやチーズ、ハム盛り合わせなど、
酒のつまみのような料理。
本当に田舎の大衆食堂のようだ。

腸詰めのソーセージとサラミ、生ハムをつまみながら
ワインを飲む。
一緒に出て来たパンは、やっぱりちょっとクセがある。
パン屋さんで買う田舎パンとはまたちょっと違って、
本当に田舎で食べそうなパン(うまく言えないけど)。
柔らかくて、重みがあって、ソーセージとよく合う。
メインが来る前のこの素朴な食事だけで
ワインは充分おいしく、もうすでにカンパーニュに旅立ちたくなっている。

かなり飲んでおしゃべりして、
随分と出来上がった頃にやっとやってきた今日の日替わりは
ソーセージとラタトゥイユ、それにごはん。
なんてことないこのメニューがそれはおいしい。
ラタトゥイユの味は、優しい。
お茄子の甘さがすべてを包んでいる。
すでに酔っぱらっているせいもあるかもしれない。
雰囲気に酔っているのかもしれない。
でもワインがおいしく飲めるこの料理とお店の雰囲気に
すっかりと感じ入る。

入口の空間では、
いつの間にかサロンコンサートが始まっていた。
チェロを弾く男性。
聞いているのは知人たちだろう。
ときに間違えながら、
たどたどしくバッハの無伴奏チェロ組曲を弾く。















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2007年06月23日

踏んだり蹴ったり。

7月21日は"fete de la music"の日。
1982年にフランスで始まったこの「街中いたるところで音楽祭」とでも言えるこの音楽の祭典は、今はヨーロッパ各地に広がっているらしい。まあとにかく路上はもちろんカフェやレストランに美術館と、まさにいたるところであらゆるジャンルの音楽があらゆるレベルのミュージシャンによって演奏される、音楽乱痴気騒ぎ。

自転車でいくつか適当にまわってみようかと思っていたところ、知人にお誘いを受けたので、ひとまずは彼女の知人が演奏するというザイール音楽のライブに行くことに。小さなアフリカンバーでのライブ、8時開始と書いてあったので8時に行くと、案の定まったく用意はできてない。せっかくなのでちょろちょろとその界隈のカフェライヴを覗きながらぶらぶらとしてみる。人で溢れている。基本的にアマチュアが多く、途中見たスカ系ブラスバンドはほんとにへたくそだったけど、そんなことはどうでもいいみたいだ。みんな楽しそうだし。
待つこと2時間、10時になってやっと始まったザイール音楽、さすがアフリカ音楽、ポップだけどリズムが独特、お客さんたち(おそらく皆ザイール人)も自然に踊り出す。バーを仕切るマダムがおしりをふりふり踊りながらお酒を取りに行く。座っていた太っちょのおばちゃんもそのうちふりふり踊り出す。すっかりはまって、なんて素敵な光景と眺めていると、空いたグラスを見て、待ってる間に仲良くなったミュージシャンがビールまでおごってくれる。ザイール人、あったかい。
横の席にノリノリじゃない白人のおじさんがいた。ビル・マーレイをもう少しくしゃっと潰して、でもあの真顔だけどどこか滑稽な感じをそのまま備えているようなおじさん。一人でいるけど進んで来た感じのしない浮いた感じを不思議に思っていると、案の定連れの女の子がやって来た。かなりセクシーで若くてノリノリな女の子。すぐに踊り出す。もちろんダンスもうまい。寄って来るお兄ちゃんたちには冷たくしながらも、ビル・マーレイには愛情いっぱいの対応をする。なんだかちぐはぐな印象のこの二人に、ビル・マーレイ、ナニモノと思いつつ、なんだか好感を覚える。

結局終わったのは2時頃。予想外によかった音楽に気持ちがよくなったまま、途中仲良くなったビル・マーレイたちに便乗して次の場所に行く。2時過ぎだというのにまだがんがんに音楽は鳴っている。私の見た界隈はブラスバンドが多かった。乱痴気騒ぎというのに相応しい。

それでもそろそろ帰らねばと、もとのアフリカンバーに自転車を取りにいくと、なんと、ない。あたりを見回すも、本気でない。鍵はかけていた。でもどうもかけた場所が悪かった。かなりへこんで佇んでいると、残っていたミュージシャンたちに声をかけられる。結局彼らのタクシーに便乗することになるも、こんな日はタクシーもつかまらない。自転車を盗られた自分の甘さと新しい自転車を買うための予想外の出費に引き続きへこみつつ(姉の自転車ですから)、そんな私にもあったかい陽気な彼らに和みつつ、寒い中1時間近くタクシーを待った後、やっと帰り着く。4時。ちょっと出かけたつもりが。




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2007年06月21日

移動が好き。

北欧は遠かった。
ストックホルムに飛行機で飛んで、
あとはバスで、南へ、南へ。
コペンハーゲン、アムステルダム、
途中アントワープに寄って、
ブリュッセル、そしてパリへ。

体調が悪かったせいかちょっとナーバスで
出た先からパリが恋しかった。
ベルギーでフランス語圏に入ったときには
帰って来た〜という感じがした。

あまりスマートな旅ではなかった。
ネット環境を期待して持参したパソコンはほとんど使えなかった。
(おかげで情報収集に苦労した…)
さらさらと行くはずの北欧で思いがけず足止めをくらった。
(バスは毎日は運行していなかった)
ど田舎にいくわけでもなく、都市を渡り歩くのに、
「今日の寝床、あるかしら」とか「おなかすいた…」とか、
そんなとこで苦労した。
(とっても切実)
そもそも一週間で移動しようという、その考え自体が、
もう旅の性質を決定づけてたともいえるような。


体調が悪く、余裕のないときは、
往々にして視野が狭くなる。
なんだかピンと来るものがない中、
「ストックホルムとパリの距離を体感しました」としか言いようのない
からっぽーな旅になりそうだと予感していて、
実際ほぼそうだったけど、
それでも日々淡々と綴った旅の記録を読んでみると、
もっとほかにやりようがあったでしょう、というそのどうしようもなさが、
意外と「セラヴィ」かもしれないと思ったりもした。


でも一等好きになった街があった。
ベルギーのアントワープ。
なんだろう、肌で感じるそれぞれの街の雰囲気、
訪れたほかのヨーロッパの都市が、
都市だけあって個性はあっても割とのっぺりとした同じような印象が残るのと違って、
アントワープは都市は都市でも
なんだか「私はこうなの、で?」みたいな
マイペースな雰囲気が街を覆っていた。
アントワープはファッションの先進都市、
おしゃれなショップもたくさんあるし、
カフェやレストランもいっぱいあるけど、
ちょっと通りを違えたらなんとなくそのまま残ってしまったような古い建物が、
あるものはそのままの姿だったり、あるものはちょっと手を加えられていたり、
色も形もちぐはぐながら、アンバランスな様をありのままに見せていた。
調和のとれたちぐはぐさ。

そして発見の小道。
どこを歩いてもはっとする。
迷子になっても楽しい。
ほんとだったらそんな大好きな街、
がつがつと歩くところだけど、
なんだかどうせまた来るような感じがしたので、
ゆっくり過ごす。

そして、アントワープでうきうきしたまま向かったブリュッセルでは、
道を聞いたアラブのおじさんに求婚された。

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2007年06月08日

夜。

今、夜中の12時半。
おなかがすいた。
風が涼しい。

おととい、ピナ・バウシュを観に行った。
舞台が遠かった。
今日は平田オリザを観に行った。
瞬発力で観に行った平田オリザは
思いのほかおもしろかった。
劇場はあたたかかった。


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2007年06月05日

ダブリン市民

念願のケルトの地を踏む。
10代の頃からなぜかずっと憧れていて、エンヤやU2、シンニード・オコナーあたりから始まり、大学ではケルト文化の超マイナーゼミを取り、最近ではアイリッシュアコーディオンにすっかりはまっていた。入口がどこだったのだろうと思い返すとよくわからないのだけど、やっぱりベタにエンヤだったのだろうか。

憧れていた土地は、実際訪れたとき、それまで形作られてきた期待感以上の感動が得られなかったりするものだけど、アイルランドは訪れた後も何かじわっと湧いて来る後味のようなものがある。大きな変容の過渡期にあり、すでに失われたものの名残とともに、時代に適応していく中で新しく生まれる力のようなものを感じ取ったからだろうか。

ダブリンで幸運にもダブリン市民と知り合った。その人が言っていた。この10年でダブリンは随分変わったのだと。
一昔前、アイルランドは、ヨーロッパでアイデンティティを保つ最後の国と言われていた。アイルランドには外国人はほとんどいなかった。ユーロに入り、経済も向上し、仕事も増え、門戸が開かれた今、街にも大学にも外国人をたくさん見るようになった。仕事がなく、皆飲んだくれていた暗い80年代とは大違いだ。でも変化というのは、いつもいい部分と悪い部分を含んでいる。

何で変化の善し悪しをはかるかは難しい問題だけど、この36年生きて来たダブリン市民の変化への戸惑いは素直な反応なのだろう。「古き良き時代」は常に更新される運命にある。門戸の開かれた今、再び絵の勉強を始めたというそのダブリン市民は、ある意味時代の変化の恩恵をうけているわけだけど、一方で変わりゆく中で変わらない姿を示すかのように、ダブリンの象徴「リフィ川」のスケッチをくれた。その街のシンボリックな姿に、常に戦いの渦中にあったアイルランドのアイデンティティを見た気がした。
posted by fukkura3 at 21:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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